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世界恐慌が戦争を引き起こす理由(前編)

世界恐慌が戦争を引き起こす理由(前編)

1929年、突如アメリカから始まった世界恐慌
ここではなぜアメリカで始まった経済混乱が世界に飛び火し、世界恐慌へと発展したのか
そして、なぜ世界恐慌が第二次世界大戦へとつながっていくことになったのか

これらを第二回にわけて解説していきます。
今回は世界恐慌が戦争を引き起こす理由(前編)です。

第一回目にあたる(前編)では、世界恐慌が始まった原因を明らかにし、そしてアメリカはどのような対策を講じたのかを見ていきます。

恐慌はいかにして始まったのか

恐慌とは、経済状況が悪化し、不況というよりもむしろ経済が破たんしている状況を言います。
この恐慌状態が世界中に飛び火した状態。
それが世界恐慌です。

なぜこの世界恐慌が起きたのか。

その始まりは、アメリカの経済悪化に起因します。
ではなぜ、アメリカ経済が悪化することで世界的な恐慌を招いてしまったのか。
まずはそこから見ていきましょう。

時は1914年のことです。
ヨーロッパを中心に第一次世界大戦が勃発しました。
1918年まで続いた大戦は、ヨーロッパ各国に大きな傷跡を残しました。

激動の大正時代大正デモクラシー ※崩御=天皇や皇后が亡くなること。 国民の怒り...

主戦場となったことでヨーロッパ各国は、製品生産、農作物栽培、その他経済のあらゆる場面で大打撃を受けました。

製品の生産、農作物の栽培が出来ないヨーロッパ各国は、外国からの輸入に頼らざるを得なくなりました。
その外国こそがアメリカでした。

アメリカは農作物や工業製品などを大量に栽培、生産し、ヨーロッパへ輸出しました。
そのような状態が大戦中ずっと続いたのです。

さらに大戦後は、ヨーロッパ各国の復興のため、あらゆる産業部門で、アメリカ企業が介入していきました。
第一次世界大戦によって、ヨーロッパの被害は甚大、反面アメリカは空前の好景気となったのです。

その結果、これまでのヨーロッパ中心の経済から、アメリカが世界経済の中心となっていきました。

アメリカ国内は大いに活気づきました。
空前の好景気に、国民は連日お祭り騒ぎでした。
景気が良ければ、人は消費活動に走ります。
自動車産業、不動産業も大いに活気づきました。

アメリカの企業の成長は著しく、国民はこぞって企業の株を購入しました。
国民だけではなく、海外の投資家もアメリカ企業の株を購入しました。

「投資すれば儲かる」

この考えは、経済に疎い人間にも、普段興味もないはずの主婦や子供たちの間にまで浸透していきます。

実際、株を購入するだけで儲かるのですから、面白かったにちがいありません。
ギャンブルとは違い、その当時は株を購入すれば確実に儲かったので、こぞって株を購入したのです。
当然、借金しながらでも株を購入する人達も現れました。

こうして世界中からアメリカ企業への出資が集められました。
まさに世界経済の中心に君臨したアメリカは、空前の好景気でした。

この異常なまでの好景気が、世界中を恐慌に巻き込んだ要因です。

ここに有名な逸話があります。
ニューヨークのウォール街(証券取引所の所在地)のとある靴磨きの少年の話です。
ある投資家の男性が靴磨きをしてもらっていると、その少年は「この銘柄は購入したほうが良い」などいろいろアドバイスをしてきたそうです。

その男性は、その少年の言葉を聞いて「アメリカの景気も限界に近づいている」と感じたそうです。
普段なら株とは無縁な靴磨きの少年が、安易に株の分析をしている。

本来、株は難しいものであり、簡単に素人が手を出せば痛い思いをします。
しかし、経済活動の動きも読めるはずもない少年が、安易に株にのめりこんでいる。

異常なまでの好景気が長続きするはずもなく、まして靴磨きの少年が小遣い稼ぎで株を購入する。
そろそろアメリカ企業の株購入の流れが止まるであろうと、その男性は直感したそうです。

その投資家の男性の名前はジョセフ・P・ケネディ。
後のアメリカ大統領、ジョン・F・ケネディのお父さんです。

ジョセフの直感通り、アメリカの異常すぎる好景気にも徐々に暗雲が立ちこみ始めました。

空前の好景気の裏で、やがてアメリカ国内には過剰生産のしわ寄せがやってきます。

戦時中だけではなく、戦後もアメリカはヨーロッパに製品を輸出し続けました。

ところが、徐々にヨーロッパの経済が復興し、自国内で製品や農産物を補えるほど立ち直ってくると、アメリカでは過剰な生産による商品の売れ残りが出始めたのです。

モノが売れなくなってしまったのです。

すると、株式市場は怪しい動きを見せ始めます。
これまでは、株を購入すれば、その株価はどんどん上昇するため、購入した時よりも高く株が売れました。

極端な話、ひとつの株を1000円で購入し、株価が10000円まで上昇した時に売れば、9000円の得をするという具合です。

ところが、これまで上がり続けてきた株価が徐々に下がり始めたのです。

モノが売れるからこそ、企業の株は上がり続けていたのです。
「どんどんこの企業は成長していく」
だからこそ借金してまでも株を購入するのです。

しかしモノが売れなくなり始めた途端に、人々は株の購入をためらい始めました。
同時に株価が下落し始めます。
株を購入する人がいないので、株価は下がるのです。

なぜ株を購入する人がいなければ株価は下がるのか。
例えば、300万円の車がなかなか売れないとします。
単純に高いからです。
しかし、250万円まで下げると、買おうか迷う人が出てきます。
200万円まで下げれば、確実に買い手は見つかるでしょう。
この理屈と一緒です。

買い手がいなければ、値下げをしてでも商品を売ろうとします。

ところが、厄介なのは人々の不安に思う心でした。

株は安い時に買い、高い時に売るのが王道です。
考えようによっては、株価が下落している今こそ買い時とも考えられます。

しかし、人々は不安に襲われ、株を買うどころか売りに転じてしまったのです。
きっと夢から覚めたような思いだったのでしょう。

「この株価の下がり方はおかしい」

不安にかられるように少しでも株価が高い時に売ってしまおうという気持ちになったのです。
こぞって人々は株の売却を始めました。
一斉に株を売却するので、株価はさらに急落し始めました。

時は1929年10月24日木曜日のことでした。
ウォール街のニューヨーク証券取引所で株価の大暴落が起こりました。
後にブラック・サーズデイ(暗黒の木曜日)と呼ばれるようになったこの日、世界的な恐慌が始まりました。

人は不安にかられると、より他人の行動に影響されやすくなるものです。
「現金がなくなるかもしれない」
と誰かが動き出せば、慌てて皆が株を売却し、銀行から預金を引き出そうとします。
銀行が潰れてしまっては、現金を引き落とせなくなるからです。

しかし、皆が一気に預金を引き出すものですから、むしろ銀行の倒産を加速させてしまいました。

すると、銀行から融資を受けて経営していた企業も倒産してしまいます。
企業が倒産すれば、従業員は失業となります。
ドミノ倒しでこの連鎖が発生したのです。

これらの動きがアメリカだけではなく、世界中で発生しました。
アメリカが世界経済の中心にあった以上、避けられない事態でした。

失業率が4人に1人、実に25%もの数字を出し、自殺者も急増しました。
世界恐慌はこうして始まったのです。

恐慌に対する各国の対策

信用は作るのは時間がかかるが、失うのは一瞬

誰もが空前の好景気に酔いしれ、疑いもしなかったアメリカの経済力。
しかし、その信用は、製品の過剰生産により呆気なく崩れ去ります。
作れば売れるという自惚れが招いてしまった惨劇です。

あれほど信用していたアメリカドルに、不信感が生まれた瞬間でもありました。

戦争という惨劇の裏の好景気

誰かの犠牲の上に成り立つ真の幸せはあり得ない
それに気付いた時、時は既に遅かったのです。

しかし、世界各国はそのような悠長なことを言っている場合ではありませんでした。
アメリカ企業株は、世界中に出回っていました。
アメリカ株の大暴落は世界中に飛び火しました。

各国は対策を講じなければなりませんでした。
経済崩壊は国家の崩壊につながりかねません。

そのために、各国は世界恐慌への対応策を打ち出していきます。

まずはアメリカの対策を見ていきます。

フーバー・モラトリアム

フーバー・モラトリアム

モラトリアムは日本語に訳すと猶予(ゆうよ)となります。
当時のフーバー大統領は、モラトリアム(猶予)を掲げた政策を打ち出します。
ドイツの第一次世界大戦敗戦による賠償金支払いを1年間猶予したのです。
そのためヨーロッパ各国は不況にも関わらず、ドイツへの賠償金を停止せざるを得なくなりました。
その代わり、ヨーロッパ各国がアメリカに対して抱えている債務(さいむ)の返済も猶予しました。
※債務(さいむ)とは要は借金のことです。

猶予期間を設けることで、そのうち不況も改善されるだろうというフーバー大統領の考えでした。

実際これは「何もしない」政策でした。
物事には良い時もあれば悪い時もある。
今まで良すぎたから悪くなっただけ。
だからそのうちまたよくなるさ、というのがフーバー・モラトリアムです。

結果、何ら経済政策もせず、企業にも介入しなかったアメリカの経済は状況がさらに悪化します。
当然世界経済状況も悪化していきました。

こうしてフーバー大統領は失脚し、次に大統領に就任したのがフランクリン・ルーズベルトです。

ニューディール政策

1933年、大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトはニューディール政策を実施します。
フーバーとは対照的に、ルーズベルトのニューディール政策は積極策でした。
積極的に国家が経済活動に介入する。
それがニューディール政策です。

ニューディール政策では様々な対策がとられましたが、大きな目標は大量に発生した失業者を救済することでした。
経済を復興させるには消費を増やさなければなりません。
消費を増やすには、失業者を救済することが最重要課題でした。

そこで失業者に働く機会を与えるため、大々的に公共事業を立ち上げました。
道路工事やダムの建設です。

それらの工事を行うにあたり、失業者を雇用したのです。
失業者達を救済したことで、徐々に国内の経済も回復していきました。

これまで株の利益により贅沢な暮らしをしていた人達は、お金を稼ぐ尊さについて、改めて考えさせられたのではないでしょうか。

アメリカは広大な領土を持ちます。
農作物の自給も可能ですし、資源も豊富です。
それ故、失業者の救済が進めば、国力の高いアメリカは自力で経済大国として復活できるのです。
そこが他国との大きな違いです。

世界恐慌を自国のみで解決できる国、できない国がある
このキーワードを最後に残し、前編を終了します。

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